人(二代目伊之助)と連れだって万福寺の門前に出た。寺より譲り受ける墓地の交渉もまとまったので、勝重らはその挨拶《あいさつ》を兼ね、ついでに師匠を葬るべき場所を見回りたいためであった。なお、師匠の葬儀は十二月|朔日《ついたち》と定《き》まったので、寺の境内を式場に借りうけるため、宗太から頼まれて来た打ち合わせの用事もあった。この事は青山小竹両家が神葬改典の当時に、半蔵や初代伊之助と松雲和尚との間にかわされた口約束による。勝重もほとんど不眠の一夜を師匠の霊前に送ったあとなので、懇意な伏見屋方で二時間ばかり寝かしてもらったが、またその日には妻籠の連中やお粂夫婦を迎えて今一夜師匠の棺の前に語り明かすはずである。おまけに、次ぎの日の葬儀を控えている。でも、男ざかりの彼は、どんな無理してもこの激しい疲労に打ち勝ち、生前格別の世話になった師匠の温情にむくいようとした。
ちょうど松雲和尚は、万福寺建立以来の青山家代々が恩誼《おんぎ》を思い、ことに半蔵とは敬義学校時代のよしみもあるので、和尚は和尚だけのこころざしを受けてもらいに、旧本陣まで今々行って来たというところであった。松雲は勝重らを方丈に迎え入
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