名の中に、佐賀県人の久米邦武《くめくにたけ》がある。この人は、ただ文書のことを受け持つために大使の随行を命ぜられたばかりでなく、特に政府の神祇省《じんぎしょう》から選抜されて一行に加わった一人の国学者としても、よろしくその立場から欧米の文明を観察せよとの内意を受け、新興日本の基礎を作る上に国学をもってする意気込みであるとのうわさは、ことに平田一門の人たちに強い衝動を与えずにはおかなかった。地方一戸長としての半蔵なぞが隠れた草叢《くさむら》の間に奔走をつづけていて、西をさして木曾路を帰って行くころは、あの本居《もとおり》平田諸大人の流れをくむもののおそかれ早かれ直面しなければならないようなある時が彼のような後輩をも待っていたのである。

       五

 五月十二日も近づいたころ、福島支庁からの召喚状が馬籠にある戸長役場の方に届いた。戸長青山半蔵あてで。
 半蔵は役場で一通り読んで見た。それには、五月十二日の午前十時までに当支庁に出頭せよとある。ただし代人を許さない。言い渡すべき件があるから、この召喚状持参の上、自身出頭のこととある。彼は自宅の方に持ち帰って、さらによく読んで見た。こ
前へ 次へ
全489ページ中47ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング