、一徳の行者らの石碑銅像には手も触れてない。そこに立つ両部時代の遺物の中にはまた、十二権現とか、不動尊とか、三面六|臂《ぴ》を有し猪《いのしし》の上に踊る三宝荒神とかのわずかに破壊を免れたもののあるのも目につく。
さらに二人は石の大鳥居から、十六階、二十階より成る二町ほどの石段を登った。左右に杉《すぎ》や橡《とち》の林のもれ日《び》を見て、その長い石段を登って行くだけでも、なんとなく訪《おとな》うものの心を澄ませる。何十丈からの大岩石をめぐって、高山の植物の間から清水《しみず》のしたたり落ちるあたりは、古い社殿のあるところだ。大己貴《おおなむち》、少彦名《すくなびこな》の二柱《ふたはしら》の神の住居《すまい》がそこにあった。
里宮の内部に行なわれた革新は一層半蔵を驚かす。この社殿を今見る形に改めた造営者であり木曾福島の名君としても知られた山村|蘇門《そもん》の寄進にかかる記念の額でも、例の二つの天狗《てんぐ》の面でも、ことに口は耳まで裂け延びた鼻は獣のそれのようで、金胎《こんたい》両部の信仰のいかに神秘であるかを語って見せているようなその天狗の女性の方の白粉《しろいもの》をほどこし
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