かな光線が鉄格子を通して西の窓からさし入るところは、中央に置き並べた継母と妻との二つの古い長持を除いたら、名実共に青山文庫であった。先代吉左衛門と半蔵と父子二代かかって集めた和漢の書籍は皆そこに置いてある。吉左衛門の残した俳書、岐岨古道記《きそこどうき》をはじめこの駅路に関する記録も多い。半蔵の代になって苦心して書物を集めることは、何十年来の彼の仕事の一つと言ってもよかったが、ことに万葉は彼の愛する古い歌集で、それに関する文献は彼の手の届くかぎり集められるだけ集めてある。階上の壁面によせて積み重ねてあるそれらの本箱の前をあちこちと歩き回る時ばかり、彼のたましいの落ちつくこともない。また、古人のいう夏の炉か冬の扇のような、今は顧みるものもなく、用うるところもなく、子にすら読まれないそれらの書物に対する時ばかり、後の代を待つ心を深くすることもない。家法改革のため、土蔵の階下《した》までも明け渡さねばならない時がやって来てからは、それに気がさして、彼はめったにあの梯子段《はしごだん》を登って行って見ることもない。

       三

「おいで。」
 呼ぶものは半蔵。呼ばれるものは馬籠《まご
前へ 次へ
全489ページ中397ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング