右親族決議によって我ら隠宅へ居住の上は前記の件々を確守し、後日に至り異議あるまじく候|也《なり》。
[#地から7字上げ]本人
明治十七年三月三日[#地から3字上げ]半蔵
[#地から7字上げ]保証人
[#地から3字上げ]正己
[#地から3字上げ]省三
[#地から3字上げ]栄吉
[#地から3字上げ]又三郎
[#地から3字上げ]清助
[#地から3字上げ]小左衛門
[#地から3字上げ]伊之助
[#地から3字上げ]新助
[#地から3字上げ]庄助
宗太殿
「お民、これじゃ手も足も出ないじゃないか。酒は五勺以上飲むな、本家への助言もするな、入り用な金も決して他《よそ》から借りるなということになって来た。おれも、どうして年を取ろう。」
半蔵が妻に言って見せたのも、その時である。
次男正己は妻籠の養家先から訪《たず》ねて来て、木曾谷山林事件の大長咄《おおながばなし》を半蔵のもとに置いて行ったことがある。正己の政治熱はお粂の夫《おっと》弓夫とおッつ、かッつで、弓夫が改進党びいきならこれは自由党びいきであり、二十四歳の身空《みそら》で正己が日義村《ひよしむら》の河合定義《かわいさだよ
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