てしまえないものであったという。しかし彼女はそのために旦那|一人《ひとり》を責められなかった。旦那の友だちは皆、当時流行の猟虎《らっこ》の帽子をかぶり、羽《は》ぶりのよい官員や実業家と肩をならべて、権妻《ごんさい》でも蓄《たくわ》えることを男の見栄《みえ》のように競い合う人たちだからであった。東京の方に暮らした間、旦那はよく名高い作者の手に成った政治小説や柳橋新誌《りゅうきょうしんし》などを懐中《ふところ》にして、恋しい風の吹く柳橋《やなぎばし》の方へと足を向けた。しまいにはお粂はそれを旦那の病気とさえ考えるようになった。あだかも夏の夜の灯《ひ》をめがけて飛ぶ虫のように、たのしみを追うことに打ちこむ旦那のたましいの前には、なにものもそれをさえぎる力はなかった。旦那も金につまった時は、お粂の着物を質屋に預けさせてまでそれをやめなかった。彼女はやかましい姑《しゅうとめ》には内証で、旦那があるなじみの芸者に生ませた子の始末をしたこともある。その時になってもまだ彼女は男というものを信じ、その誠実を信じ、やさしい言葉の一つも旦那からかけられれば昨日までのことは忘れて、また永《なが》い遠い夫を心あ
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