時分とは大違いに、からだからしてしまって来た。さばけた快活な声を出して笑うようにもなった。彼女は物に興じる質《たち》で、たまの里帰りの間にもお槇のために髪を直してやったり、お民が家のものを呼び集めて季節がらの真桑瓜《まくわうり》でも切ろうと言えば皆まで母親には切らせずに自分でも庖丁《ほうちょう》を執って見たりして、東京の方で一年ばかりも弟和助の世話をした時のことなぞをそこへ語り出す。あの山家《やまが》育ちの小学生も生まれて初めて東京|魚河岸《うおがし》の鮮魚を味わい、これがオサシミだとお粂に言われた[#「言われた」は底本では「言はれた」となっている]時は目を円《まる》くして、やっぱり馬籠の家の囲炉裏ばたで食い慣れた塩辛いさんまや鰯《いわし》の方が口に合うような顔つきでいたが、その和助がいつのまにか都の空気に慣れ、「君、僕」などという言葉を使うようになったという。遠く修業に出した子供のうわさとなると、半蔵もお民も飽きなかった。もっともっと聞きたかった。よく見ればお粂はそういう調子で母親のそばに笑いころげてばかりいるでもない。自分の女の子を抱いて庭でも見せに奥の廊下を歩いている時の彼女はま
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