えてある。道を明らかにすることがすなわち師を用うることだとも教えてある。日に日に新しい道をさらに明らかにせねばならない。そして国学諸先輩の発見した新しい古《いにしえ》をさらに発見して行かねばならない。古を新しくすることは、半蔵らにとっては歴史を新しくすることであった。
 そこまで考えて行くうちに、鉄瓶《てつびん》の湯もちんちん音がして来た。その中に徳利《とくり》を差し入れて酒を暖めることもできるほどに沸き立って来た。冷たくなった焼き味噌も炙《あぶ》り直せば、それでも夜の酒のさかなになった。やがて半蔵は好きなものにありついて、だれに遠慮もなく手酌《てじゃく》で盃《はい》を重ねながら、また平田門人の生くべき道を思いつづけた。仮に、もしあの本居宣長のような人がこの明治の御代《みよ》を歩まれるとしたら、かつてシナインドの思想をその砥石《といし》とせられたように、今また新しい「知識」としてこの国にはいって来た西洋思想をもその砥石として、さらに日本的なものを磨《みが》きあげられるであろう。深くも、柔らかくも、新しくもはいって行かれるあの宣長翁が学者としての素質としたら、洋学にはいって行くこともさほ
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