どの年ごろであった。小さな紐《ひも》のついた足袋《たび》。小さな草鞋《わらじ》。その幼いものの旅姿がまだ半蔵夫婦の目にある。下隣のお雪婆さんの家には、兄弟の子供が預けて置いて行ったショクノ(地方によりネッキともいう)が残っているというような話も聞こえて来る。
 初代伊之助を見送ったあとのお富ももはや若夫婦を相手の後家であるが、この人は東京行きの二郎を宗太に託してやった関係からも、風呂《ふろ》なぞもらいながら隣家から通《かよ》って来て、よく青山の家に顔を見せる。お富が言うことには、
「そりゃ、まあ、かわいい子には旅をさせろということもありますがね、よくそれでもお民さんがあんなちいさなものを手離す気におなりなすった。なんですか、わたしはオヤゲナイ(いたいたしい)ような気がする。」
 囲炉裏ばたにはこんな話が尽きない。やれ竹馬だなんだかだと言って森夫や和助が家の周囲《まわり》を遊び戯れたのも、きのうのことになった。
「でも、妙なものですね。まだわたしは子供がそこいらに遊んでるような気がしますよ。塩の握飯《むすび》をくれとでも言って、今にも屋外《そと》から帰って来るような気がしますよ――わたし
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