るところから「本陣の子供」と言って自然と村の人の敬うにつけてもとかく人目にあまることが多い、二人とも親の膝下《ひざもと》に置いては将来ろくなことがない、今のうちに先代吉左衛門が残した田畑や本陣林のうちを割《さ》いて二人の教育費にあてる、幸い東京の方には今子供たちの姉の家がある、お粂《くめ》はその夫植松|弓夫《ゆみお》と共に木曾福島を出て東京京橋区|鎗屋町《やりやちょう》というところに家を持っているからその方に二人の幼いものを託する、あのお粂ならきっと弟たちのめんどうを見てくれる、この半蔵の考えが宗太をよろこばせた。子供本位のお民もこれには異存がなく、彼女から離れて行く森夫や和助のために東京の方へ持たせてやる羽織を織り、帯を織った。継母のおまんはおまんで、孫たちが東京へ立つ前日の朝は裏二階から母屋《もや》の囲炉裏ばたへ通って来て、自分の膳《ぜん》の前に二人《ふたり》を並べて置きながら、子供心にわかってもわからなくても青山の家の昔を懇々と語り聞かせた。ひょっとするとこれが孫たちの見納めにでもなるかのように、七十三歳の春を迎えたおまんはしきりに襦袢《じゅばん》の袖《そで》で老いの瞼《まぶた》
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