期ある。第一期は享保以前で、山地には御役榑《おやくくれ》すなわち木租を納めさえすればその余は自由に伐木売買を許された時代、人民が山木と共にあった時代である。第二期は享保以後から明治維新に至るまで。この時代に巣山《すやま》、留山《とめやま》、明山《あきやま》の区別ができ、入山《いりやま》伐木を人民の自由に許した明山たりとも五種の禁止木の制を立て、そのかわりに木租の上納は廃された。旧領主と人民との間に紛争の絶えなかった時代、人民がおもな山木に離れた時代である。それでもなお、五木以外の雑木と下草とは人民の自由で、切り畑焼き畑等の開墾もまた自由になし得た証拠は、諸村|山論済口《さんろんすみくち》の古証文、旧尾州領主よりの公認を証すべき山地の古文書、一村また数村の公約と見るべき書類等に残っている。のみならず幕府恩賜の白木六千|駄《だ》は追い追い切り換えの方法をもって代金二百三十一両三分銀十匁五分ずつ毎年谷中へ下げ渡されたことは、維新の際まで続いた。第三期は明治以来、木曾山の大部分は官有地と定められた時代、人民は明山の雑木と下草にも離れた時代である。半蔵らが享保以前の古に復したいとの最初の嘆願は、
前へ 次へ
全489ページ中314ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング