りたいとしたものであった。旧筑摩県の本山盛徳が権中属時代に調査済みの実際を見ると、全山三十八万町歩あまりのうち、その大部分は官有地となり、余すところの民有地はわずかにその十分の一に過ぎなくなった。そのため、困窮のあまり、官林にはいって罪を犯し処刑をこうむるものは明治六、七年以来数えがたく、そのたびに徴せらるる贖罪金《しょくざいきん》もまた驚くべき額に上った。これではどうしても山地の人民が立ち行きかねるから、各村に存在する旧記古書類をもっと精密に再調査ありたいとの意味も認《したた》めてある。この請願書の趣意はいかにも時宜に適したものだとして、半蔵なぞもひどくよろこんだ。
ところが、これには異論が出て、いよいよ県庁へ差し出すまでにはところどころに草稿の訂正が加えられた。半蔵はそれを聞いてその訂正されたものを見たいと思い、宗太を通してさらに発起者側から写しの書類を送ってもらった。
「お父《とっ》さん、この請願書にはだいぶ貼《は》り紙《がみ》がしてありますよ。」
そういう宗太ももはや一人前の若者で、木曾山の前途には関心を持つらしい。半蔵は宗太と一緒にその書類に見入った。享保《きょうほう》検
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