なかに多い。そうでないまでも、竹も成長しない奥地の方に住むもので、耕地も少なく、農業も難渋に、山の林にでもすがるよりほかに立つ瀬のないものは勢い盗伐に流れる。中には全村こぞって厳重な山林規則に触れ、毎戸かわるがわる一人ずつの犠牲者を長野裁判所の方へ送り出すことにしているような不幸な村もある。こんなに土地の事情に暗く、生民の期待に添おうとしないで、地租改正のおりにも大いに暴威を振るった筑摩県時代の権中属《ごんちゅうぞく》本山盛徳とはどんな人かなら、その後に下伊那《しもいな》郡の方で涜職《とくしょく》の行為があって終身懲役に処せられ、佐賀の事変後にわずかに特赦の恩典に浴したとのうわさがあるくらいだ。政府は人民の政府ではないかと言いながらも、こんな行政の官吏が下にある間は、いかんともしがたかった。地方の人民がいかによい政治を慕い、良吏を得た時代の幸福な日を忘れないでいるかは、この木曾谷の支配が尾州藩の手から筑摩県の管轄に移るまでの間に民政|権判事《ごんはんじ》として在任した土屋総蔵の名がいまだに人民の口に上るのでもわかる。
 この郷里のありさまを見かねて、今一度山林事件のために奔走しようとす
前へ 次へ
全489ページ中310ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング