、庄屋を捨てた時。報いらるるのすくない戸長の職にも甘んじた時。あの郡県政治が始まって木曾谷山林事件のために彼なぞは戸長の職を剥《は》がれる時になっても、まだまだ多くの深い草叢《くさむら》の中にあるものと共に時節の到来を信じ、新しい太陽の輝く時を待ち受けた。やかましい朝鮮問題をめぐって全国を震い動かした大臣参議連が大争いに引き続き戊辰《ぼしん》以来の政府内部に分裂の行なわれたと聞く時になっても、まだそれでも彼なぞは心を許していた。内争の影響するところは、岩倉右大臣の要撃となり、佐賀、熊本《くまもと》の暴動となり、かつては維新の大業をめがけて進んだ桐野利秋《きりのとしあき》らのごとき人物が自ら参加した維新に反して、さらに新政の旗をあげ、強い武力をもってするよりほかに今日を救う道がないとすると聞くようになって、つくづく彼はこの維新の成就さるる日の遠いことを感じた。
 西南戦争を引き起こした実際の中心人物の一人《ひとり》とも目すべき桐野利秋とはどんな人であったろう。伝うるところによれば、利秋は陸軍少将として明治六年五月ごろまで熊本鎮台の司令長官であった。熊本鎮台は九州各藩の兵より成り、当時やや
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