度飛騨まで訪《たず》ねて行ったのは、あれは前年の秋九月の下旬あたりに当たる。しばらく飛騨からの便りも絶え、きっと半蔵は病気でもしているに相違ないと言われたころのことだ。馬も通わないという嶮岨《けんそ》な加子母峠《かしもとうげ》を越して、か弱い足で二十余里の深い山道を踏んで行ったことは、夫を思う女の一心なればこそそれができた。よくよくあの旅は骨が折れたと見えて、あとになってお民が風呂《ふろ》でももらいに伏見屋へ通《かよ》って来るおりにはよくその話が出る。久津八幡《くづはちまん》は飛騨の宮村から八里ほど手前にあるところだという。その辺までお民がたどり着いた時、向こうから益田《ましだ》街道をやって来る一人の若者にあった。その若者が近づいて、ちょっとお尋ねしますが、もしやあなたさまは水無神社の宮司さまのところへ行かれる奥さまではありませんか、と声をかけたという。いかにも、そうです、と答えた時のお民は、自分を待ち受けていてくれる夫の仮寓《かぐう》の遠くないことを知り、わざわざ彼女を迎えに来てくれた土地の若者であることをも知った。それはそれは御苦労さま、というお民の言葉をうけて、わしは宮司さまから
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