し等の費用として、人民の宅地その他の課税は差し引かれたも同様に給与せられたと答えることができた。その晩は、彼は香蔵からもらった手紙をも枕《まくら》もとに取り出し、あの同門の友人が書いてよこした東京の便《たよ》りを繰り返し読んで見たりなぞして、きげんの悪い妻のそばに寝た。
 王滝行きの日は半蔵は早く起きて、活《い》きかえるような四月の朝の空気を吸った。お民もまたきげんを直しながら夫が出発のしたくを手伝うので、半蔵はそれに力を得た。彼は好きで読む歌書なぞを自分の懐中《ふところ》へねじ込んだ。というは、戸長の勤めの身にもわずかの閑《ひま》を盗み、風雅に事寄せ、歌の友だちを訪《たず》ねながら、この総代仲間の打ち合わせを果たそうとしたからであった。
「どうだ、お民。だれかに途中であって、どちらへなんて聞かれたら、おれはこの懐中《ふところ》をたたいて見せる。」
 と彼は妻に言って見せた。そういう彼は袴《はかま》を着け、筆を携え、腰に笛もさしていた。
「まあ、おもしろい格好だこと。」とお民は言って、そこへ飛んで来た娘にも軽々とした夫のみなりをさして見せて、「お粂、御覧な、お父《とっ》さんは笛を腰にさ
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