木曾川の対岸に鉄道線を移すがいいとのボイルの意見によるものであった。それにしてもこの計画は大きい。内部地方の開発をめがけ、都会と海浜との往復を便宜ならしめるの主意で、ことさら国内一般の利益を図ろうとするところから来ている。いずれは鉄道線通過のはじめにありがちな、頑固《がんこ》な反対説と、自然その築造を妨げようとする手合いの輩出することをも覚悟せねばならなかった。山家の旅籠屋らしい三浦屋の一室で、ホルサムはそんなことを考えて、来たるべき交通の一大変革がどんな盛衰をこの美しい谷々に持ち来たすであろうかと想像した。
二
翌朝ホルサムの一行は三浦屋を立って、西の美濃路をさして視察に向かって行った。この旧《ふる》い街道筋と運命を共にする土地の人たちはまだ何も知らない。将来の交通計画について政府がどんな意向であるやも知らない。まして、開国の結果がここまで来たとは知りようもない。あの宿駕籠《しゅくかご》二十五|挺《ちょう》、山駕籠五挺、駕籠|桐油《とうゆ》二十五枚、馬桐油二十五枚、駕籠|蒲団《ぶとん》小五十枚、中二十枚、提灯《ちょうちん》十|張《はり》と言ったはもはや宿場全盛の昔
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