る錦織村《にしこうりむら》に至って、はじめて海浜往復の舟絡を開くと言ってある。御嶽山より流れ出る川(王滝川《おうたきがわ》)においては、冬の季節に当たって数多《あまた》の材木を伐《き》り出す作業というものがある、それはおもに檜《ひのき》、杉《すぎ》、栂《つが》、および松の種類であるが、それらの材木を河中に投げ入れ、それから木曾川の岩石のとがり立った河底を洪水《こうずい》の勢力によって押し下し、これを錦織村において集合する、そこで筏《いかだ》に組んで、それから尾州湾に送り出すとも言ってある。ボイルの観察はそれだけにとどまらない。この川の上流においては槻材《つきざい》もまたたくさんに産出するが、それが重量であって水運の便もきかず、また陸送するにはその費用の莫大《ばくだい》なために、かつてこれを輸出することがないと言って、もし東山道幹線の計画が実現されるなら、この山国開発の将来に驚くべきものがあろうことをも暗示してある。
馬籠まで来て、ホルサムはこれらのことを胸にまとめて見た。隣村の妻籠からこの馬籠峠あたりはボイルが設計の内にははいっていない。それは山丘の多い地勢であるために、三留野駅から
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