も困難でなく、萩原《はぎわら》、小坂《おさか》を経て、宮峠にかかると、その山麓《さんろく》に水無神社を望むこともできる。なお、高山地方は本居宣長の高弟として聞こえた田中|大秀《おおひで》のごとき早く目のさめた国学者を出したところだから、半蔵が任地に赴《おもむ》いたら、その道の話相手や歌の友だちなぞを見つけることもあろうと書き添えてある。
出発の前日には、平兵衛が荷ごしらえなどするそばで、半蔵は多吉と共に互いに記念の短冊《たんざく》を書きかわした。多吉はそれを好める道の発句《ほっく》で書き、半蔵は和歌で書いた。左衛門町の夫婦は別れを惜しんで、餞別《せんべつ》のしるしにと半蔵の前にさし出したのは、いずれも旅の荷物にならないような、しかも心をこめたものばかりであった。多吉からは黄色な紙に包んである唐墨《からすみ》。お隅からは半蔵の妻へと言って、木曾の山家では手に入りそうもない名物さくら香《か》の油。それに、元結《もとゆい》。
「まったく、不思議な御縁です。」
翌朝早く半蔵はその多吉夫婦の声を聞いて、別れを告げた。頼んで置いた馬も来た。以前彼が江戸を去る時と同じように、引きまとめた旅の荷物
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