一個としてはまずまず忍耐していたいと言って帰って行く。やがて、夕飯にはまだすこし間のあるころに、半蔵は妻と二人《ふたり》ぎりで店座敷に話すことのできる時を見つけた。
「いや、お粂のやつが妙なことを言い出した。」
とその時、半蔵は娘のことをお民の前に持ち出した。彼はその言葉をついで、
「何さ。おれが王滝へ行くなら、あれも一緒に供をさせてくれと言うんさ。」
「まあ。」
「御嶽里宮《おんたけさとみや》のことはあれも聞いて知ってるからね、何かお参りでもしたいようなあれの口ぶりさ。」
「そんな話はわたしにはしませんよ。」
「あれも思い直したんだろう。なんと言ってもお粂もまだ若いなあ。おれがあのお父《とっ》さんの病気を祷《いの》りに行った時にも、勝重《かつしげ》さんが一緒について行くと言って困った。あの時もおれは清助さんに止められて、あんな若い人を一緒に参籠《さんろう》に連れて行かれますかッて言われた。それでも勝重さんは行きたいと言うもんだから、しかたなしに連れて行った。懲りた。今度はおれ一人だ。それに娘なぞを連れて行く場合じゃない。ごらんな、十八やそこいらで、しかも女の足で、あんなお宮の方へ行
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