にも残念であるとするのが、彼の包み隠しのないところである。開国以前のものは皆、一面に西洋を受けいれながら、一面には西洋と戦った。不幸にも、この国のものがヨーロッパそのものを静かによく見うるような機会を失ったことは、二度や三度にとどまらない。かく内に動揺して、外を顧みるいとまもないような時に、歴史も異なり風土も異なり言葉も異なる西洋文明の皮相を模倣するのみで、それと戦うことをしなかったら、末ははたしてどうなろう。そのことがすでに彼には耐えられなかった。そういう彼とても、ただ漫然と異宗教の蔓延《まんえん》を憂いているというではない。もともと切支丹宗《キリシタンしゅう》取り扱いの困難は織田信長《おだのぶなが》時代からのこの国のものの悩みであって、元和《げんな》年代における宗門|人別帳《にんべつちょう》の作製も実はその結果にほかならない。長い鎖国が何のためかは、宗門のことをヌキにしては考えられないことであった。いよいよこの国を開くに当たって、新時代が到来した時、あの厩戸皇子《うまやどのおうじ》が遠い昔にのこした言葉と言い伝えらるるものは、また新時代に役立つことともなった。すなわち、神道をわが国
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