さげた扇子があやまって御輦《ぎょれん》に触れたとは、なんとしても恐縮するほかはない。慕い奉る帝の御道筋をさまたげたことに対しても、彼は甘んじてその罰を受けねばならない。
「まったく、粗忽《そこつ》な挙動ではあった。」
彼の言いうることは、それだけだ。その時になって見ると、彼は郷里の家の方に留守居する自分の娘お粂《くめ》を笑えなかった。過ぐる年の九月五日の夜、馬籠本陣の土蔵二階であの娘の自害を企てたことは、いまだに村のものの謎《なぞ》として残っている。父としての彼が今度のような事件を引き起こして見ると、おのれの内部《なか》にあふれて来た感動すら彼はそれを説き明かすことができない。
午後から、半蔵は宿のかみさんに自分の出先を断わって置いて、柳原の方にある床屋をさして髭剃《ひげそ》りに出かけた。そこは多吉がひいきにする床屋で、老練な職人のいることを半蔵にも教えてくれたところである。多吉が親しくする俳諧《はいかい》友だちのいずれもは皆その床屋の定連《じょうれん》である。柳床《やなぎどこ》と言って、わざわざ芝の増上寺《ぞうじょうじ》あたりから頭を剃らせに来る和尚《おしょう》もあるというほど、
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