もない時の友としてもよし、こんな彼の言葉も継母をよろこばせるのであった。
 ちょうど、お民も妻籠《つまご》の生家《さと》の方へ出かけてまだ帰って来ない時である。半蔵のそばへ来て祖母たちと一緒に屏風の出来をいろいろに言って見るお粂も、もはや物に感じやすい娘ざかりの年ごろに達している。彼女は、母よりも父を多くうけついだ方で、その風俗《なり》なぞも嫁入り前の若さとしてはひどく地味づくりであるが、襟《えり》のところには娘らしい紅梅の色をのぞかせ、それがまた彼女によく似合って見えた。彼女はまた、こうした父の意匠したものなぞにことのほかのおもしろみを見つける娘で、これを父が書く時にも、そのそばに来て墨をすろうと言い、紙にむかって筆を持った父の手から彼女の目を放さなかったくらいだ。もともとこの娘の幼い時分から親の取りきめて置いた許嫁《いいなずけ》を破約に導いたのも、一切のものを根から覆《くつがえ》すような時節の到来したためであり、これまでどおりの家と家との交際もおぼつかないからというのであって、旧《ふる》い約束事なぞは大小となく皆押し流された。小さな彼女の生命《いのち》が言いあらわしがたい打撃をこう
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