い》の音も聞こえようかというころになった。その鎗先《やりさき》にかざす紅白の小旗を今か今かと待ち受け顔な人々は彼の右にも左にもあった。その時、彼は実に強い衝動に駆られた。手にした粗末な扇子でも、それを献じたいと思うほどのやむにやまれない熱い情《こころ》が一時に胸にさし迫った。彼は近づいて来る第一の御馬車を御先乗《おさきのり》と心得、前後を顧みるいとまもなく群集の中から進み出て、そのお馬車の中に扇子を投進した。そして急ぎ引きさがって、額《ひたい》を大地につけ、袴《はかま》のままそこにひざまずいた。
「訴人《そにん》だ、訴人だ。」
 その声は混雑する多勢の中から起こる。何か不敬漢でもあらわれたかのように、互いに呼びかわすものがある。その時の半蔵はいち早くかけ寄る巡査の一人に堅く腕をつかまれていた。大衆は争ってほとんど圧倒するように彼の方へ押し寄せて来た。
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     第十二章

       一

 五日も半蔵は多吉の家へ帰らない。飛騨《ひだ》の水無《みなし》神社|宮司《ぐうじ》を拝命すると間もなく、十一月十七日の行幸の朝に神田橋外まで御通輦《ごつうれん》を拝しに行くと言って、
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