つけないでもなかった。
「お父《とっ》さん、おねがいですから、わたしもお供させて。」
そのこころは、父の行く寂しい奥山の方へ娘の足でもついて行かれないことはあるまいというにあるらしい。
これには半蔵も返事にこまった。いろいろにお粂《くめ》を言いなだめた。娘も妙なことを言うと彼は思ったが、あれもこれもと昼夜心を砕いた山林の問題が胸に繰り返されていて、お粂の方で言い出したことはあまり気にも留めなかった。
三
お民は妻籠《つまご》の生家《さと》の話を持って、和助やお徳を連れながらそこへ帰って来た。
「お民、寿平次さんはなんと言っていたい。」
「木曾山のことですか。兄さんはなんですとさ、支庁のお役人がかわりでもしないうちはまずだめですとさ。」
「へえ、寿平次さんはそんなことを言っていたかい。」
半蔵夫婦はこんな言葉をかわしたぎり、ゆっくり話し合う時も持たない。妻籠|土産《みやげ》の風呂敷包《ふろしきづつ》みが解かれ、これは宗太に、これは森夫にと、留守居していた子供たちをよろこばせるような物が取り出されると、一時家じゅうのものは妻籠の方のうわさで持ち切る。妻籠のおばあさ
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