こでは彼の懇意にした隠居も亡《な》くなったあとで、年のちがったかみさんは旅人宿を畳《たた》み、浅草《あさくさ》の方に甲子飯《きのえねめし》の小料理屋を出しているとのことである。足のついでに、かねて世話になった多吉夫婦の住む本所相生町《ほんじょあいおいちょう》の家まで訪《たず》ねて行って見た。そこの家族はまた、浅草|左衛門町《さえもんちょう》の方へ引き移っている。そうこうするうちに日暮れに近かったので、浪花講《なにわこう》の看板を出した旅人宿を両国に見つけ、ひとまず彼はそこに草鞋《わらじ》の紐《ひも》を解いた。
東京はまず無事。その考えに半蔵はやや心を安んじて、翌日はとりあえず、京都以来の平田|鉄胤《かねたね》老先生をその隠棲《いんせい》に訪《たず》ねた。彼が亡《な》き延胤《のぶたね》若先生の弔《くや》みを言い入れると、師もひどく力を落としていた。その日は尾州藩出身の田中|不二麿《ふじまろ》を文部省に訪ねることなぞの用事を済まし、上京三日目の午後にようやく彼は多吉夫婦が新しい住居《すまい》を左衛門橋の近くに見つけることができた。
多吉、かみさんのお隅《すみ》、共に半蔵には久しぶりにあ
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