は隠れ、世の治まる時には道を行なうというふうに考えた。というのは、遠い昔にあの葦《あし》を折る江上の客となって遠く西より東方に渡って来た祖師の遺訓というものがあるからであった。大意(理想)は人おのおのにある、しかもむなしくこれ徒労の心でないものはないと教えてあるのだ。さてこそ、明治の御一新も、この人には必ずしも驚くべきことではなかった。たといその態度をあまりに高踏であるとし、他から歯がゆいように言われても、松雲としては日常刻々の修道に思いを潜め、遠く長い目で世界の変革に対するの一手があるのみであった。
半蔵と伊之助の二人《ふたり》が連れだって万福寺を訪《たず》ねた時は、ちょうど村の髪結い直次が和尚の頭を剃《そ》りに来ていて、間もなく剃り終わるであろうというところへ行き合わせた。髪長くして僧貌《そうぼう》醜しと日ごろ言っている松雲のことだから、剃髪《ていはつ》も怠らない。そこで半蔵らは勝手を知った寺の囲炉裏ばたに回って、直次が剃刀《かみそり》をしまうまで待った。
十二、三年も寺に暮らして和尚の身のまわりの世話をしていた人が亡《な》くなってからは、なんとなく広い囲炉裏ばたもさびしか
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