されたいとばかり。別に委細を語らない。これにはおまんも嘆息してしまった。
 半蔵は、血と血の苦しい抗争が沈黙の形であらわれているのをそこに見た。いろいろと生家《さと》に掛けた費用のことを思い、世間の評議をも懸念《けねん》して、これがもし実の孫子《まごこ》であったら、いかようにも分別があると言いたげな飽くまで義理堅い継母の様子は、ありありとその顔色にあらわれていた。お粂は、と見ると、これはわずかに活《い》き返ったばかりの娘だ。せっかく立て直ろうとしている小さな胸に同じ事を苦しませるとしたら、またまた何をしでかすやも測りがたかった。この際、彼の取るべき方法は、妻のお民と共に継母をなだめて、目に見えない手枷《てかせ》足枷《あしかせ》から娘を救い出すのほかはなかった。
「ますます単純に。」
 その声を彼は耳の底にききつけた。そして、あとからあとから彼の身辺にまといついて来る幾多の情実を払いのけて、新たな路《みち》を開きたいとの心を深くした。今は躊躇《ちゅうちょ》すべき時でもなかった。彼としては、事を単純にするの一手だ。
 そこで彼は稲葉氏あてに、さらに手紙を書いた。それを南殿村への最後の断わり
前へ 次へ
全489ページ中110ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング