言いたてて、それによって半蔵を動かそうとした。この庄助としては、ただただ半蔵の健康状態について村のもの一同心配していることを告げ、すでに病室の用意のできていることを語り、皆の行けというところへ半蔵にもおとなしく行ってもらったら、薬には事を欠かさせまいし、日ごろお師匠さまの世話になったものがかわるがわる看護に当たろうからと、頼むようにするほかの手はなかった。庄助は幾度か躊躇《ちゅうちょ》したあとで、そのことを半蔵の前に言い出した。
「ふうん。庄助さ、お前までこのおれを病人扱いにするのかい。そんな話をきくとおれは可笑《おか》しくなる。」とは半蔵の返事だ。
「でも、お師匠さまは御自分だって、気分が悪いぐらいのことは思わっせるずら。」
「いや、おれはそんな病気じゃないぞ。」
 と答えて、半蔵は聞き入れなかった。


 実に急激に、半蔵の運命は窮まって行った。栄吉らは別室で庄助の返事を待っていたが、その庄助が店座敷からむなしく引き返して行って、容易には親類仲間の意見に服しそうもない半蔵の様子を伝えると、いずれも顔を見合わせて、ほとほと彼|一人《ひとり》の処置にこまってしまった。旧|問屋《といや》の九郎兵衛をはじめ、町内の重立った旦那衆にも集まってもらって、広い囲炉裏ばたに続いた寛《くつろ》ぎの間《ま》ではまたまた一同の評定があった。何しろ旧い漢法の医術はすたれ、新しい治療の方法もまだ進まなかった当時で、ことに馬籠のような土地柄では良医の助言も求められないままに、この際半蔵のからだに縄《なわ》をかけるほどの非常手段に訴えてまでも座敷牢に引き立て、一方には彼の脱出を防ぎ、一方には狼狽《ろうばい》する村の人たちを取りしずめねばならないということになった。これは勢いであって、その座に集まる人々にはもはや避けがたく思われたことである。ところが、だれもお師匠さまを縛るものがない。その時、旧宿役人仲間でも一番年下に当たる蓬莱屋《ほうらいや》の新助が進み出て、これは宗太を出すにかぎる、宗太なら現に青山の当主であるからその人にさせるがいい、お師匠さまも自分の相続者までが病気と認めると聞いたら我を折るようになるだろうと言い出した。以前から旧本陣に出入りの百姓らにも手伝わせること、日ごろ二十何貫の大兵《だいひょう》肥満を誇り腕力のたくましいことにかけては町内に並ぶもののない問屋九郎兵衛のごとき人にはことに見張りに働いてもらうこと、それらはすべて馬籠での知恵者と聞こえた新助が考案に出た。
 いよいよ一同の評議は一決した。そのうちに秋の日も暮れかかった。栄吉らの勧めとあって、青山の家族の人々も仲の間に立ち会えという。このことを聞いたお民などは腰を抜かさないばかりに驚いて、よめのお槇《まき》に助けられながらかろうじて足を運んだ。そこへ半蔵が店座敷から清助に連れられて来た。
「お父《とっ》さん、子が親を縛るというはないはずですが、御病気ですから堪忍《かんにん》してください。」
 と半蔵の前にひざまずいて言ったのは宗太だ。
 今や半蔵を縛りに来たものは現在のわが子、血につながる親戚、かつて彼が学問の手引きした同郷の人々、さもなければ半生を通じて彼の望みをかけた百姓たちである。彼はハッとした。
「お前たちは、おれを狂人《きちがい》と思ってくれるか。」
 彼は皆の前にそれを言って、思わずハラハラと涙を落とした。その時、栄吉の手から縄を受け取った宗太が自分の前に来てうやうやしく一礼するのを見ると、彼はなんらの抵抗なしに、自分の手を後方《うしろ》に回した。そして子の縄を受けた。
 九月末の夕やみが迫って来ている中を母屋《もや》から木小屋へと引き立てられて行ったのも、この半蔵である。裏の土蔵の前あたりには彼を待ち受ける下男の佐吉もいた。佐吉は暗い柿《かき》の木の下にしゃがみ、土の上に片膝《かたひざ》をついて、変わり果てた旧主人が通り過ぎるまではそこに頭をあげ得なかった。

       三

 植松の家に嫁《かたづ》いて行っているお粂《くめ》がこの報知《しらせ》に接して、父の見舞いに急いで来たのは、やがて十月の十日過ぎであった。彼女が夫の弓夫もすでに木曾福島への帰参のかなったころで、長い留守居を預かって来た大番頭をはじめ小僧たちにまで迎え入れられ、先代|菖助《しょうすけ》がのこした屋敷の大黒柱の下にすわり、大いに心を入れ替えて家伝製薬の業に従事するという時であった。この馬籠訪問には、彼女はめったに離れたことのない木曾福島の家を離れ、子供も連れずであった。ただ商用で美濃路《みのじ》まで行くという薬方《くすりかた》の手代に途中を見送ってもらうことにした。
「あゝ、お父《とっ》さんもとうとう狂っておしまいなすったか。」
 その考えは、駒《こま》ヶ嶽《たけ》も後方《うしろ》に見て木曾路
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