に残念がり、そういう娘こそ見どころがあると言って、改めてこの縁談をまとめたいと言って来た。
この稲葉家の厚意は一層事をめんどうにした。そこには、どこまでも生家《さと》と青山の家との旧好を続けたいという継母おまんが強い意志も働き、それほどの先方の厚意を押し切るということは、半蔵としても容易でなかったからである。
武士としてもすぐれた坂本孫四郎(号天山)のような人を祖父に持つおまんの心底をたたくなら、半蔵なぞはほとんど彼女の眼中にない。彼女に言わせると、これというのも実は半蔵が行き届かないからだ。彼半蔵が平常も人並みではなくて、おかしい事ばかり。そのために彼女まで人でなしにされて、全く生家《さと》の人たちには合わせる顔がない。彼女はその調子だ。このおまんは傷口の直ったばかりのような孫娘を自分の前に置いて、まだ顔色も青ざめているお粂に、いろいろとありがたい稲葉家の厚意を言い聞かせた。なお、あまりに義理が重なるからとおまんは言って、栄吉その他のものまで頼み、それらの親戚《しんせき》の口からも、さまざまに理解するよう娘に言いさとした。お粂はそこへ手をついて、ただただ恥ずかしいまま、お許しくだされたいとばかり。別に委細を語らない。これにはおまんも嘆息してしまった。
半蔵は、血と血の苦しい抗争が沈黙の形であらわれているのをそこに見た。いろいろと生家《さと》に掛けた費用のことを思い、世間の評議をも懸念《けねん》して、これがもし実の孫子《まごこ》であったら、いかようにも分別があると言いたげな飽くまで義理堅い継母の様子は、ありありとその顔色にあらわれていた。お粂は、と見ると、これはわずかに活《い》き返ったばかりの娘だ。せっかく立て直ろうとしている小さな胸に同じ事を苦しませるとしたら、またまた何をしでかすやも測りがたかった。この際、彼の取るべき方法は、妻のお民と共に継母をなだめて、目に見えない手枷《てかせ》足枷《あしかせ》から娘を救い出すのほかはなかった。
「ますます単純に。」
その声を彼は耳の底にききつけた。そして、あとからあとから彼の身辺にまといついて来る幾多の情実を払いのけて、新たな路《みち》を開きたいとの心を深くした。今は躊躇《ちゅうちょ》すべき時でもなかった。彼としては、事を単純にするの一手だ。
そこで彼は稲葉氏あてに、さらに手紙を書いた。それを南殿村への最後の断わりの言葉にかえようとした。
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「尊翰《そんかん》拝見|仕《つかまつ》り候。小春の節に御座候ところ、御渾家《ごこんか》御|揃《そろ》い遊ばされ、ますます御機嫌《ごきげん》よく渡らせられ、恭賀たてまつり候。降《くだ》って弊宅異儀なく罷《まか》りあり候間、憚《はばか》りながら御放念下されたく候。陳《のぶ》れば、愚娘儀につき、先ごろ峠村の平兵衛参上いたさせ候ところ、重々ありがたき御厚情のほど、同人よりうけたまわり、まことにもって申すべき謝辞も御座なき次第、小生ら夫妻は申すに及ばず、老母ならびに近親のものまでも御懇情のほど数度説諭に及び候ところ、当人においても段々御慈悲をもって万端御配慮なし下され候儀、浅からず存じ入り、参上を否み候儀は毛頭これなく候えども、不了簡《ふりょうけん》の挙動、自業自悔《じごうじかい》、親類のほかは町内にても他人への面会は憚り多く、今もって隣家へ浴湯にも至り申さざるほどに御座候。右の次第、そのもとへ参り候儀、おおかた恥ずかしく、御家族様方を初め御親類衆様方へ対し奉り、女心の慚愧《ざんき》耐えがたき儀につき、なにぶんにも参上つかまつりかね候よし申しいで候。小生らにおいても御厚意を奉体つかまつらざる場合に落ち行き、苦慮|一方《ひとかた》ならず、この段|御宥恕《ごゆうじょ》なし下されたく、尊君様より皆々様へ厚く御詫び申し上げ候よう幾重《いくえ》にも願いたてまつり候。右貴答早速申し上ぐべきところ、愚娘説諭方数度に及び、存外の遅延、かさねがさねの多罪、ひたすら御海恕下されたく候。尚々《なおなお》、老母はじめ、家内のものどもよりも、本文の次第厚く御詫び申し上げ候よう、申しいで候。」
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二
とうとう、半蔵もこんな風雨をしのいで一生の旅の峠にさしかかった。人が四十三歳にもなれば、この世に経験することの多くがあこがれることと失望することとで満たされているのを知らないものもまれである。平田門人としての彼は、復古の夢の成りがたさにも、同門の人たちの蹉跌《つまずき》にも、つくづくそれを知って来た。ただほんとうに心配する人たちのみがこの世に残して行くような誠実の感じられるものがあって、それを何ものにも換えがたく思う心から、彼のような人間でも行き倒れずにどうやらその年まで諸先輩の足跡をたどりつづけて来た。過去を振り
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