清い人はめったにない――あんな人をおれは見たことがない。」
「そうだ、三郎さんの言うとおりだ。せめてもう十年お師匠さまを生かして置きたかったよ。」
 勝重の嘆息だ。
 その日には奥筋の方から着いたお粂らを迎えて半蔵の霊前に今一夜語り明かそうという手はずも定《き》めてある。やがて墓地には一人去り、二人去りして、伏見屋主人や清助から若い弟子たちまでもと来た細道を引き返して行ったが、勝重のみはまだそこに残って、佐吉らが墓穴を掘るさまをながめたたずんだ。
 その時になって見ると、旧庄屋として、また旧本陣問屋としての半蔵が生涯もすべて後方《うしろ》になった。すべて、すべて後方になった。ひとり彼の生涯が終わりを告げたばかりでなく、維新以来の明治の舞台もその十九年あたりまでを一つの過渡期として大きく回りかけていた。人々は進歩をはらんだ昨日の保守に疲れ、保守をはらんだ昨日の進歩にも疲れた。新しい日本を求める心はようやく多くの若者の胸にきざして来たが、しかし封建時代を葬ることばかりを知って、まだまことの維新の成就する日を望むこともできないような不幸な薄暗さがあたりを支配していた。その間にあって、東山道工事中の鉄道幹線建設に対する政府の方針はにわかに東海道に改められ、私設鉄道の計画も各地に興り、時間と距離とを短縮する交通の変革は、あだかも押し寄せて来る世紀の洪水《こうずい》のように、各自の生活に浸ろうとしていた。勝重は師匠の口からわずかにもれて来た忘れがたい言葉、「わたしはおてんとうさまも見ずに死ぬ」というあの言葉を思い出して悲しく思った。
「さあ、もう一息だ。」
 その声が墓掘りの男たちの間に起こる。続いて「フム、ヨウ」の掛け声も起こる。半蔵を葬るためには、寝棺を横たえるだけのかなりの広さ深さもいるとあって、掘り起こされる土はそのあたりに山と積まれる。強いにおいを放つ土中をめがけて佐吉らが鍬《くわ》を打ち込むたびに、その鍬の響きが重く勝重のはらわたに徹《こた》えた。一つの音のあとには、また他の音が続いた。

[#地から2字上げ]「夜明け前」第二部――終



底本:「夜明け前 第二部(下)」岩波文庫、岩波書店
   1969(昭和44)年2月17日第1刷発行
   1995(平成7)年12月15日第26刷発行
底本の親本:「改版本『夜明け前』」新潮社
   1936(昭和11)年7月
前へ 次へ
全245ページ中244ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング