しい塚《つか》、「青山半蔵之|奥津城《おくつき》」とでもした平田門人らしい白木の墓標なぞが、もはやそこに集まるものの胸に浮かんだ。時が来れば、その塚の上をおおう青い芝草の想像までも。
「清助さ、遠方の通知はもうすっかり出したろうか。」
「さあ、もれたところはないつもりですがね。」
「東京の平田家へは。」
「それを落とすようなことはしません。熱田《あつた》の暮田正香《くれたまさか》先生のところへも。」
「そう言えば、森夫さまや和助さまはどうなさるだろう。お父《とっ》さんのお葬式に、お二人ともお帰りにはなるまいか。」
「それがです。中津川から父上死去の電報は打ちましたがね、お帰りになるがいいともなんとも言ってあげたわけじゃない。宗太さまからもその話はありません。たぶん、和助さまたちは、お見えにはなりますまい。」
清助と伏見屋主人や勝重との間には、しばらくこんな立ち話がはずんだ。そこへ三郎と益穂の二人も勝重らを探《さが》しに杉の枯れ葉の落ちた細道を踏んで、お粂夫婦が妻籠の連中と共に旧本陣の方へ着いたことを告げ知らせに来た。
こうして一同が集まって見ると、いずれもようやく重荷をおろしたような顔ばかり。その人の晩年にはとかくの評判のあった青山半蔵ではあるが、しかし亡《な》くなった後になって見ると、やっぱりお師匠さまはお師匠さまであったという話が出る。星移り、街道は変わって、今後お師匠さまのような人はこの山の中には生まれて来まいとの話も出る。お粂らの到着と聞いても、一同はすぐ墓地を離れようとしなかった。その中でも清助は深いため息をついて、
「あのお師匠さまも、しまいにはずいぶん人をてこずらせた。楠正成の屎合戦《くそがっせん》だなんて言い出して――からだを洗ってあげたいにも、手のつけようもない。あんな困ったこともなかった。よくあれでなんともなかったものだと思う……今になっておれも考えて見ると、あのお師匠さまの疳《かん》の起こってる時には、何をなすってもからだに障《さわ》らなかった。すこし気分も静まって来たかと思うと、今度はからだの方が弱っていらしった……」
と清助は清助らしいことを言い出す。年若な三郎はその話を引き取って、
「でも、お師匠さまも惜しいことをした。もうすこしからだが続いたら、あんな木小屋から出してあげられたんだ。そりゃだれがなんと言ったって、お師匠さまのような
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