屋の土間にもいたたまれなかった。彼は裏の竹藪《たけやぶ》の方に出て、ひとりで激しく泣いた。

       五

 恵那山《えなさん》へは雪の来ることも早い。十月下旬のはじめには山にはすでに初雪を見る。十一月にはいってからは山家の子供の中には早くも猿羽織《さるばおり》を着るものがある。百姓が手につかむ霜にも、水仕事するものが皮膚に切れる皸《ひび》あかぎれにも、やがて来る長い冬を思わせないものはない。
 落合の勝重が帰って行ったあとの木小屋には、一層の寂しさが残った。朝晩もまさに寒かった。木小屋の位置は裏山を背にする方が北に当たったから、水の底にでも見るような薄日しか深い竹藪《たけやぶ》をもれて来ない。夜なぞ、ことにそちらの方面は暗く、物すごかった。こんな日の続いて行く中で、座敷牢にいる人が火いじりの危《あぶな》さを考えると、炬燵《こたつ》一つ入れてやって凍えたからだを温《あたた》めさせる術《すべ》もないとしたら。そう思って震えるものは、ひとり夫の看護に余念のないお民ばかりではなかった。
 しかし、もうそろそろ半蔵にその部屋《へや》から出て来てもらってもよかろうと言い出すものは一人《ひとり》もない。お師匠さまには、できるだけ長くその部屋にいてもらいたいと言うものばかり。木小屋の戸締まりは一層厳重になり、見張りのものは交代で別室に詰め、夜番は火の用心の拍子木《ひょうしぎ》を鳴らして、伏見屋寄りの木戸の方から裏の稲荷《いなり》の辺までも回って歩いた。
 ある日の午後、馬籠峠の上へはまれにしか来ないような猛烈な雹《ひょう》が来た。にわかにかき曇った晩秋の空からは重い灰色の雲がたれさがって、雷雨の時などに降る霰《あられ》よりも大粒なやつを木小屋の板屋根の上へも落とした。やがて氷雨《ひさめ》の通り過ぎて空も明るくなったころ、笹屋庄助《ささやしょうすけ》と小笹屋勝之助の両名が連れだってそこいらの見回りに出たが、二人の足は何かにつけて気にかかる半蔵の座敷牢の方へ向いた。途中で二人の行きあう百姓仲間のものに驚き顔でないものはない。あるものは牛蒡《ごぼう》を掘りに行ってこの雹にあったといい、あるものは桑畠《くわばたけ》を掘る最中であったといい、あるものは引きかけた大根の始末をするいとまもなく馬だけ連れて逃げ帰ったという。すこしの天変地異でもすぐそれを何かの暗示に結びつけて言いたがるのは
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