お師匠さま、わたしでございます。勝重でございます。」
思いがけない弟子《でし》の訪れに、格子の内の半蔵もややわれに帰ったというふうではあった。苦髪楽爪《くがみらくづめ》とやら、先の日に勝重が見に来た時よりも師匠が髭《ひげ》の延び、髪は鶉《うずら》のようになって、めっきり顔色も青ざめていることは驚かれるばかり。でも、師匠は全く本性を失ってはいない。ややしばらく沈黙のつづいた後、
「勝重さん、わたしもこんなところへ来てしまった。わたしは、おてんとうさまも見ずに死ぬ。」
半蔵は荒い格子につかまりながらそれを言って、愛する弟子の顔をつくづくとながめた。
「そんなお師匠さまのようなことを言わないで……御気分が治まりさえすれば、いつでもあの静の屋の方へお帰りになれますぞ。その時は勝重がまたお迎えにあがります。みんな首を長くしてその日の来るのをお待ち申しています。時に、お師匠さま、ちょうど昔で言えば菊の酒を祝う季節もまいっておりますから、実は瓢箪《ふくべ》にお好きな落合の酒を入れまして、腰にさげてまいりました。しばらくお師匠さまも盃《さかずき》を手にはなさいますまい。」
勝重が半蔵の見ている前で、腰につけて来た瓢箪の栓《せん》を抜いて、小さな木盃に酒をつごうとした時、半蔵はじっと耳を澄ましながら細い口から流れ出る酒の音をきいていた。そして、コッ、コッ、コッ、コッというその音を聞いただけでも口中に唾《つば》を感ずるかのような喜び方だ。弟子の勧めるまま、半蔵は格子越しにそれをうけて、ほんの一、二|献《こん》しか盃を重ねなかったが、しかし彼はさもうまそうにそのわずかな冷酒を飲みほした。甘露《かんろ》、甘露というふうに。かつてこんなうまい酒を味わったことはないというふうにも。
看護するものが詰める別室の方には人の来るけはいもしたので、それぎり勝重は半蔵のそばを離れた。師匠と二人《ふたり》ぎりの時でもなければ、こんな話も勝重にはかわされなかったのである。しばらく別室に時を送った後、また勝重は半蔵を見に行こうとして、思わず師匠がひとり言を聞いた。
「勝重さんはどうした。勝重さんはいないか。いや、もういない……こんなところにおれを置き去りにして、落合の方へ帰って行った……師匠の気も知らないで、体裁のよいことばかり言って、あの男も化け物かもしれんぞ。」
その声を聞きつけると、勝重は木小
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