はことに見張りに働いてもらうこと、それらはすべて馬籠での知恵者と聞こえた新助が考案に出た。
 いよいよ一同の評議は一決した。そのうちに秋の日も暮れかかった。栄吉らの勧めとあって、青山の家族の人々も仲の間に立ち会えという。このことを聞いたお民などは腰を抜かさないばかりに驚いて、よめのお槇《まき》に助けられながらかろうじて足を運んだ。そこへ半蔵が店座敷から清助に連れられて来た。
「お父《とっ》さん、子が親を縛るというはないはずですが、御病気ですから堪忍《かんにん》してください。」
 と半蔵の前にひざまずいて言ったのは宗太だ。
 今や半蔵を縛りに来たものは現在のわが子、血につながる親戚、かつて彼が学問の手引きした同郷の人々、さもなければ半生を通じて彼の望みをかけた百姓たちである。彼はハッとした。
「お前たちは、おれを狂人《きちがい》と思ってくれるか。」
 彼は皆の前にそれを言って、思わずハラハラと涙を落とした。その時、栄吉の手から縄を受け取った宗太が自分の前に来てうやうやしく一礼するのを見ると、彼はなんらの抵抗なしに、自分の手を後方《うしろ》に回した。そして子の縄を受けた。
 九月末の夕やみが迫って来ている中を母屋《もや》から木小屋へと引き立てられて行ったのも、この半蔵である。裏の土蔵の前あたりには彼を待ち受ける下男の佐吉もいた。佐吉は暗い柿《かき》の木の下にしゃがみ、土の上に片膝《かたひざ》をついて、変わり果てた旧主人が通り過ぎるまではそこに頭をあげ得なかった。

       三

 植松の家に嫁《かたづ》いて行っているお粂《くめ》がこの報知《しらせ》に接して、父の見舞いに急いで来たのは、やがて十月の十日過ぎであった。彼女が夫の弓夫もすでに木曾福島への帰参のかなったころで、長い留守居を預かって来た大番頭をはじめ小僧たちにまで迎え入れられ、先代|菖助《しょうすけ》がのこした屋敷の大黒柱の下にすわり、大いに心を入れ替えて家伝製薬の業に従事するという時であった。この馬籠訪問には、彼女はめったに離れたことのない木曾福島の家を離れ、子供も連れずであった。ただ商用で美濃路《みのじ》まで行くという薬方《くすりかた》の手代に途中を見送ってもらうことにした。
「あゝ、お父《とっ》さんもとうとう狂っておしまいなすったか。」
 その考えは、駒《こま》ヶ嶽《たけ》も後方《うしろ》に見て木曾路
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