申し渡されるなら、きっと相守る。そのかわり明山《あきやま》は人民に任せてくれ。新規則以来、人民私有の山地まで官有に併《あわ》せられた場処も多くあるが、これも元々どおりに解かれたい。大体にこういうことになりましょう。つまり――一般公平の御処置を仰ぎたい。今のうちに官民協力して、前途百年の方針を打ち建てて置きたい。享保以前の古《いにしえ》に復したいということですな。」
ここへ来るまで、半蔵は野尻《のじり》の旅籠屋《はたごや》でよく眠らず、福島でもよく眠らずで、遠山五平方から引き返して禰宜《ねぎ》の家に一晩泊まった翌朝になって、ひどく疲れが出た。禰宜宮下の主人が里宮の社殿のあるところまで朝勤めに通《かよ》って行って、大太鼓を打ち鳴らしてからまた数町ほどの山道を帰るころでも、彼はゆっくり休んでいた。家の人の雨戸を繰りに来る音を聞くようになって、ようやく彼は寝床からはい出した。
「だいぶごゆっくりでございますな。」
と言って、宮下の細君が熱い茶に塩漬《しおづ》けの小梅を添えて置いて行ってくれるころが、彼には朝だった。
里宮の神職と講中《こうじゅう》の宿とを兼ねたこの禰宜の古い家は、木曾福島から四里半も奥へはいった山麓《さんろく》の位置にある。木曾山のことを相談する必要が生じてから、過ぐる年も半蔵は王滝へ足を運び、遠山の家を訪《と》うおりには必ずこの禰宜のところへ来て泊まったが、来て見るたびに変わって行く行者《ぎょうじゃ》宿の光景が目につく。ここはもはや両部神道の支配するところでもない。部屋《へや》の壁の上に昔ながらの注連縄《しめなわ》なぞは飾ってあるが、御嶽山《おんたけさん》座王大権現《ざおうだいごんげん》とした床の間の軸は取り除かれて、御嶽三社を祀《まつ》ったものがそれに掛けかわっている。
「青山さん、まあきょうは一日ゆっくりなすってください。お宮の方へ御案内すると言って、忰《せがれ》のやつもしたくしています。」
と禰宜も彼を見に来て言った。過ぐる文久《ぶんきゅう》三年、旧暦四月に、彼が父の病を祷《いの》るためここへ参籠《さんろう》にやって来た日のことは、山里の梅が香と共にまた彼の胸に帰って来た。あの時同伴した落合の勝重なぞはまだ前髪をとって、浅黄色《あさぎいろ》の襦袢《じゅばん》の襟《えり》のよく似合うほどの少年だった。
「あれからもう十一年にもなりますか。そ
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