鶫《つぐみ》もまじっていると知られた。その晩、うどん振舞《ぶるまい》に招かれて来た人たちは半蔵のことを語り合うにも、これまでのように「本陣の旦那《だんな》」と呼ぶものはない。いずれも「お師匠さま」と呼ぶようになった。
「あい、お師匠さまがお帰りだげなで、お好きな山の芋《いも》を掘ってさげて来た。」
尋ねて来る近所の婆《ばあ》さんまでが、その調子だ。やがて客人らは寛《くつろ》ぎの間《ま》に集まって、いろいろなことを半蔵に問い試みた。飛騨の国幣小社水無神社はどのくらいの古さか。神門と拝殿とは諏訪《すわ》の大社ぐらいあるか。御神馬の彫刻はだれの作か。そこには舞殿《まいどの》があり絵馬殿《えまでん》があり回廊があるか。御神木の拗《ねじ》の木とは何百年ぐらいたっているか。一の宮に特殊な神事という鶏毛打《とりげうち》の古楽にはどのくらいの氏子が出て、どんな衣裳《いしょう》をつけて、どんな鉦《かね》と太鼓を打ち鳴らすかの類《たぐい》だ。六三郎はおのが郷里の方のうわさをもれききながら、御相伴《ごしょうばん》のうどんを味わった後、玄関の次の間の炬燵《こたつ》に寝た。
翌朝、飛騨の若者も別れを告げて行った。家に帰って来た半蔵はもはや青山の主人ではない。でも、彼は母屋《もや》の周囲を見て回ることを久しぶりの楽しみにして、思い出の多い旧会所跡の桑畠《くわばたけ》から土蔵の前につづく裏庭の柿《かき》の下へ出た。そこに手ぬぐいをかぶった妻がいた。
「お民、吾家《うち》の周囲《まわり》も変わったなあ。新宅(下隣にある青山の分家、半蔵が異母妹お喜佐の旧居)も貸すことにしたね。変わった人が下隣にできたぞ。あの洒落《しゃれ》ものの婆さんは村の旦那衆を相手に、小料理屋なぞをはじめてるそうじゃないか。」
「お雪婆さんですか。あの人は中津川から越して来ましたよ。」
「だれがああいう人を引ッぱって来たものかなあ。それに、この土地に不似合いな小女《こおんな》なぞも置いてるような話だ。そりゃ目立たないように遊びに行く旦那衆は勝手だが、宗太だっても誘われれば、否《いや》とは言えない。まあ、おれももう隠居の身だ。一切口を出すまいがね、ああいう隣の女が出入りしても、お前は気にならないかい。」
「そんなことを言うだけ、あなたも年を取りましたね。」
お民は快活に笑って、夫の留守中に苦心して築き上げたことの方にその時の
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