について細い路地《ろじ》をぬければ、神田川のすぐそばへも出られる。こんな倉庫と物揚げ場との多いごちゃごちゃした界隈《かいわい》ではあるが、旧両国|広小路《ひろこうじ》辺へもそう遠くなく、割合に閑静で、しかも町の響きも聞こえて来るような土地柄は、多吉の性に適すると言っているところだ。
 江戸の名ごりのような石榴口《ざくろぐち》の残った湯屋はこの町からほど遠くないところにある。朱塗りの漆戸《うるしど》、箔絵《はくえ》を描いた欄間《らんま》なぞの目につくその石榴口《ざくろぐち》をくぐり、狭い足がかりの板を踏んで、暗くはあるが、しかし暖かい湯気のこもった浴槽《よくそう》の中に身を浸した時は、ようやく半蔵も活《い》き返ったようになった。やがて、一風呂あびたあとのさっぱりした心持ちで、彼が多吉と共にまた同じ道を帰りかけるころは、そこいらはもう薄暗い。町ではチラチラ燈火《あかり》がつく。宿に戻《もど》って見ると、下座敷の行燈《あんどん》のかげに恭順が二人を待ちうけていた。
「金丸先生、今夜はお隅のやつが手打ち蕎麦《そば》をあげたいなんて、そんなことを申しています。青山さんの御相伴《ごしょうばん》に、先生もごゆっくりなすってください。」
「手打ち蕎麦、結構。」
 亭主と客とがこんな言葉をかわしているところへ、お隅も勝手の方から襷《たすき》をはずして来て、下女に膳《ぜん》をはこばせ、半蔵が身祝いにと銚子《ちょうし》をつけて出した。
「まったく、こういう時はお酒にかぎりますな。どうもほかの物じゃ納まりがつかない。」と恭順が言う。
 半蔵も着物を改めて来て簡素なのしめ膳《ぜん》の前にかしこまった。焼き海苔《のり》、柚味噌《ゆずみそ》、それに牡蠣《かき》の三杯酢《さんばいず》ぐらいの箸《はし》休めで、盃《さかずき》のやりとりもはじまった。さびしい時雨《しぐれ》の音を聞きながら、酒にありついて、今度の事件のあらましを多吉の前に語り出したのもその半蔵だ。彼の献扇は、まったく第一のお車を御先乗《おさきのり》と心得たことであって、御輦《ぎょれん》に触れ奉ろうとは思いもかけなかったという。あとになってそれを知った時は実に彼も恐縮した。彼の述懐はそこから始まる。何しろ民間有志のものの建白は当時そうめずらしいことでもなかったが、行幸の途中にお車をめがけて扇子を投進するようなことは例のない話で、そのために
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