とて契りしことも今ははたうらみらるべきはしとなりにき
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尚々《なおなお》、老母はじめ、家内のものどもよりも、本文の次第厚く御詫び申し上げ候よう、申しいで候。」
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 ようやく十月の二十三日に、半蔵は仲人あてのこの書きにくい手紙を書いた。書いて見ると、最初からこの縁談を取りまとめるためにすくなからず骨折ってくれた継母おまんのことがそこへ浮かんで来る。目上のものの言うことは実に絶対で、親子たりとも主従の関係に近く、ほとほと個人の自由の認めらるべくもない封建道徳の世の中に鍛えられて来たおまんのような婦人が、はたしてほんとうに不幸な孫娘を許すか、どうかも彼には気づかわれる。
「お民。」
 半蔵は妻を呼んで、当時にはまだ目新しい一銭の郵便切手を二枚|貼《は》って出す前に、この手紙を彼女にも読み聞かせた。
「あなたが、もっと自分の娘のことを考えてくれたら、こんなことにはならなかった。」
 お民はそれを言い出しながら、夫のそばにいてすすり泣いた。
 これには半蔵も返す言葉がない。山林事件の当時、彼は木曾山を失おうとする地方人民のために日夜の奔走を続けていて、その方に心を奪われ、ほとんど家をも妻子をも顧みるいとまがなかった。彼は義理堅い継母からも、すすり泣く妻からも、傷ついた娘からも、自分で自分のしたことのつらい復讐《ふくしゅう》を受けねばならなかった。
 ある日、彼は奥座敷に娘を見に行った。お粂が顔の腫《は》れも次第に引いて来たころだ。彼はうれしさのあまり、そこに眠っている娘の額や頬《ほお》に自分の掌《てのひら》を当てたりなぞして、めっきり回復したそのようすを見直した。その時、お粂は例の大きな黒目がちな目を見開きながら、
「お父《とっ》さん、申しわけがありません。わたしが悪うございました。もう一度――もう一度わたしも生まれかわったつもりになってやりますから、今度のことは堪忍《かんにん》してください。」
「おゝ、お粂もそこへ気がついたか。」
 と彼は言って見せた。


 十一月にはいって、峠のお頭《かしら》平兵衛は伊那南殿村への訪問先から引き返して来た。その用向きは、半蔵の意をうけて稲葉家の人々にあい、ありのままにお粂の様子を伝え、縁談解約のことを申し入れるためであった。平兵衛が先方の返事を持ち帰って見ると、稲葉の主人をはじめ先方では非常
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