をさして大坂から退いて行った。後には、上京のしたくにいそがしい英国、仏国、オランダの三公使だけが残った。
 外人禁制の都、京都へ。このことが英公使パアクスをよろこばせた上に、彼にはこの上京につけて心ひそかな誇りがあった。今や日本の中世的な封建制度はヨーロッパ人の東漸《とうぜん》とともに消滅せざるを得ない時となって来ている、それを見抜いたのが前公使のアールコックであり、また、新社会構成のために西方諸藩の人たちを助けてこの革命を成就《じょうじゅ》せしめようとしているものも、そういう自分であるとの強い自負心は絶えず彼の念頭を去らない。このパアクスは、年若な日本の政事家の多い新政府の人たちを自分の生徒とも見るような心構えでもって、例の赤備兵《あかぞなえへい》の一隊を引き連れ、書記官ミットフォードと共に二十七日にはすでに上京の途についた。
 仏国公使ロセスと、オランダ代理公使ブロックとの出発は、それより一日おくれた。これは途中の危険を慮《おもんぱか》り、かつその混雑を防ごうとする日本委員の心づかいによる。神戸三宮事件に、堺旭茶屋事件に、御一新早々|苦《にが》い経験をなめさせられたのも、そういう新
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