おいてお取り扱いになるは元よりの御事である、今や御親政の初めにあたり、非常多難の時に際会し、深く恐懼《きょうく》と思慮とを加え、天下の公論をもつて奏聞《そうもん》に及び、今般の事件を御決定になった次第である、かつ、国内もまだ定まらない上に、海外万国交際の大事である、上下協力して共に王事に勤労せよ、現時の急務は活眼を開いて従前の弊習を脱するにあると心得よ、とも告げてある。
これは開国の宣言とも見るべきものであるが、大いに伸びようとするものは大いに屈しなければならないとの意志はこの英断にこもっていた。よろしく世界に進みいでよ、理のあるところには異国人にも頭を下げよ、彼の長を採り我の短を補い万世の大基礎を打ち建てよ、上下一致して縦横に踏み出せ、と言われたのはこの際である。
二月の十九日に、仏国公使からは五か条の申し出があった。三日間にその決答を求めて来た。その時になると、旭茶屋事件の真相もはっきりして来た。仏国軍艦デュソレッキ号の乗組員は艦長の指揮により、士官両人の付き添いで、堺港内の深浅を測量していたところ、土州兵のためにその挙動を疑われ、にわかに岸からの狙撃《そげき》を受けたものであ
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