諒[#二]知斯旨[#一]《かっこくこうしこのむねをりょうちせよ》。」
  慶応四年正月十日[#地から2字上げ]御諱《おんいみな》
[#ここで字下げ終わり]
 ともかくも、その日は日本の天皇が外国に対する御親政の始めであった。
 午後に、英国公使パアクスは東久世通禧と三宮英人殺傷事件の交渉談判を開いた。パアクスも当時の国情の殺気に満ちた情景は知りつくしていたから、あえてそう難題を持ち出そうとしなかった。即日にも穏やかに神戸の占領を解こうと言って、早速《さっそく》陸戦隊を引き揚げることを承諾した。それにはこの事件の本犯者を厳罰に処して将来の戒めとする事、日本政府はよろしく陳謝の意を表する事とを条件とした。
 やかましい三宮事件もこんなふうで、一気に解決を告げることになった。パアクスは双方の豊かな頬《ほお》に縮れ髯《ひげ》をたくわえている男だが、その時いささか得意げにその頬髯をなでて、
「自分は京都新政府に好意を表するため、かくも穏やかな取り計らいをした。これは御国に対し懇切な心から出た次第で、隔意のある事ではない。他の外国が交渉談判を開くとはわけ違いである。もしこれが他の外国人の殺傷の場合
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