の半蔵を休ませたいと考えた。その時、店座敷の格子の外へは、街道に戯れている子供らの声が近づいて来る。彼は聞くともなしにその無心な流行唄《はやりうた》を聞きながら、宿役人らしい袴《はかま》をつけていた。
 そこへお富が来た。お富は自分の家の子供らまでが戦《いくさ》ごっこに夢中になっていることを伊之助に話したあとで言った。
「でも、妙なものですね。ちょうどおとなのやるようなことを子供がやりますよ。梅屋の子供が長州、桝田屋《ますだや》の子供が薩摩《さつま》、それから出店《でみせ》(桝田屋分家)の子供が土佐とかで、みんな戦ごっこです。わたしが吾家《うち》の次郎に、お前は何になるんだいと聞いて見ましたら、あの子の言うことがいい。おれは尾州ですとさ。」
「へえ、次郎のやつは尾州かい。」
「えゝ、その尾州――ほんとに、子供はおかしなものですね。ところが、あなた、だれも会津になり手がない。」
 この「会津になり手がない」が伊之助を笑わせた。お富は言葉をついで、
「そこは子供じゃありませんか。次郎が蓬莱屋《ほうらいや》の子に、桃さ、お前は会津におなりと言っても、あの蓬莱屋の子は黙っていて、どうしても会津
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