国の役人どもにおいてせいぜい取り調べよと命ぜられた貧民に関する報告や願書の集まって来るのも、本陣である。のみならず、従来本陣と言えば、公用兼軍用の旅舎のごときもので、諸大名、公卿《くげ》、公役、または武士のみが宿泊し、休息する場所として役立つぐらいに過ぎなかった。今度の布告で見ると、諸藩の藩主または重職らが勤王を盟《ちか》い帰順の意を総督にいたすべき場所として指定された場所も、また本陣である。
 半蔵の手もとには、東山道軍本営の執事よりとして、大垣より下諏訪《しもすわ》までの、宿々問屋役人中へあてた布達がすでに届いていた。それによると、薩州勢四百七十二人、大垣勢千八百二十七人、この二藩の兵が先鋒《せんぽう》として出発し、因州勢八百人余は中軍より一宿先、八百八十六人の土州勢と三百人余の長州勢とは前後交番で中軍と同日に出発、それに御本陣二百人、彦根《ひこね》勢七百五十人余、高須《たかす》勢百人とある。この人数が通行するから、休泊はもちろん、人馬|継立《つぎた》て等、不都合のないように取り計らえとある。しかし、この兵数の報告はかなり不正確なもので、実際に大垣から進んで来る東山道軍はこれほどあ
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