記入厳重に取り調べ置き申すべきこと。
一、相対《あいたい》賃銭継立ての分は、宿人馬と助郷人足とを打ち込みにいたし、順番にてよろしく取り計らうべきこと。
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なお、右のほか、追い追い相談に及ぶべきこと。
とある。
これは新たに生まれて来る伝馬所のために書かれたもので、言葉もやさしく、平易に、「御一新成就いたし候まで」の当分臨機の処置であることが文面のうちにあらわれている。こんな調子は、旧時代の地方《じかた》御役所にはなかったことだ。ことに尾州藩から来た木曾谷の新しい支配者が宿駅助郷の一致に力瘤《ちからこぶ》を入れていることは、何よりもまず半蔵をうなずかせる。
しかしその細目《さいもく》の詮議《せんぎ》になると、木曾谷十一宿の宿役人仲間にも種々《さまざま》な議論がわいた。総管所からの「心得書付」にもあるように、当時宿場の継立てにはおよそ四つの場合がある。御印鑑の継立て、御証文の継立て、御定め賃銭払いの継立て、そして相対賃銭払いの継立てがそれだ。この書付の文面で見ると、印鑑および証文で継立ての分は宿人馬で勤め、助郷村々の出人足は御定め賃銭払いの継立てに使用せよとあるが、これは宿方と助郷との差別なく、すべて打ち込みにしたいとの説が出る。十一宿も追い追いと疲弊に陥って、初めての人馬を雇い入れるなぞには困難であるから、当分のうち一宿につき正金二百両ずつの拝借を総管所に仰ぎたいとの説も出る。金札(新紙幣)通用の励行は新政府のきびしい命令であるが、こいつがなかなかの問題で、当時他領の米商人をはじめ諸商人どもは金札を受け取ろうともしない。風のたよりに聞けば、松本領なぞでは金札相場を二割引きに触れ出したとのこと。これはどうしたものか。当節は他領の商人どもが何割引きでも新紙幣を受け取らないから、したがって切り替えをするものもなく、実に世上まちまちのありさまで、当惑難渋をきわめる。ついては、金札相場の通用高を一定してほしい――そういう説も出る。これらはすべて十一宿打ち合わせの上、総代連名の伺い書として総管所あてに提出することになった。
「半蔵さま。」
と言いながら、組頭の庄助がよくこっそりと彼を見に来る。この人は、百姓総代として町人|気質《かたぎ》の旦那衆に対抗して来た意地《いじ》ずくからも、伝馬所の元締役その他の人選については、ひどく頭を悩ましていた。
「どうだろう、庄助さん、今までのような大げさな御通行はもうあるまいか。」
「まずありますまいな。」
「ないとすれば、わたしには考えがある。」
そう半蔵は言って、これまでのように二軒の継立て所を置く必要もあるまいから、これを機会に本陣付属の問屋場を閉じ、新しい伝馬所は問屋九郎兵衛方へ譲りたいとの意向をもらした。半蔵はすでにその決意を伊之助だけには伝えて置いてあった。
庄助は言った。
「しかし、半蔵さま。そうお前さまのように投げ出してしまわないで、もっと強く出《で》さっせるがいいぞなし。この馬籠の村を開いたのも、みんなお前さまの家の御先祖さまの力だ。いくらでも、お前さまは強く出《で》さっせるがいい。」
とうとう、半蔵は自分の注文どおりに、新設の伝馬所を九郎兵衛方に譲り、全く新規なもののしたくをそこに始めさせることにした。新しい宿役人は入札の方法で、新規入れかわりに七人の当選を見た。世襲の長い習慣も破れて、家柄よりも人物本位の時に移り、本陣付属の問屋場でその勤めぶりを認められた半蔵の従兄《いとこ》、亀屋《かめや》の栄吉のような人が宿役人仲間の位置に進んだ。
こうなると、会所も片づけなければならない。諸帳簿も引き渡さなければならない。半蔵は下男の佐吉に言い付け、会所の小使いに手伝わせて、旧問屋場にあった諸道具一切を伝馬所の方へ運ばせることにした。彼は自分の部屋《へや》にこもり、例の店座敷のわきで、本陣、問屋、庄屋の三役を勤めて来た公用の記録の中から、伝馬所へ引き渡すべきものを選みにかかった。父吉左衛門の問屋役時代から持ち伝えた古い箱の紐《ひも》を解いて見ると、京都道中通し駕籠《かご》、または通し人足の請負として、六組飛脚屋仲間や年行事の署名のある証文なぞがその中から出て来る。彼はまた別の箱の紐を解いた。あるものは駅逓司《えきていし》、あるものは甲府県、あるものは度会府《わたらいふ》として、駅逓用を保証する大小|種々《さまざま》の印鑑がその中から出て来る。それらは最近の府藩県の動きを知るに足るもので、伝馬所に必要な宿駅の合印《あいじるし》である。尾州藩関係の書類、木曾下四宿に連帯責任のある書付なぞになると、この仕分けがまた容易でなかった。いかに言っても、会所や問屋場は半分引っ越しの騒ぎだ。いろいろなことが胸に満ちて来て、諸帳簿の整理もとかく彼の手につかなかった。
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