いたところから隣室での話し声が手に取るように聞こえる。
「あれからですよ、どうも馬籠の青山は変わり者だという風評が立ったのは。」というのは兄の声だ。
「とかく、建白の一件は崇《たた》りますナ。」と得右衛門の声で。
「そんな変わり者だなんて言われたら、だれだって気持ちはよかない。あれで半蔵さんも『自分は奇人とは言われたくない、』と言っていますさ。」とまた兄の声で。
 夫のうわさだ。お民は片肘《かたひじ》を枕《まくら》に、和助に乳房《ちぶさ》をくわえさせ、子供がさし入れる懐《ふところ》の中の小さな手をいじりながら、隣室からもれて来る話し声に耳を澄ました。頑固《がんこ》なように見えて、その実、新しいものを受けいれ、時と共に推し移ろうとする兄と、めまぐるしく変わり行く世に迎合するでもなく、さりとて軽蔑《けいべつ》するでもなく、ただただながめ暮らしているような昔|気質《かたぎ》の得右衛門との間には、いろいろな話が出る。以前に比べると、なんとなくあの半蔵が磊落《らいらく》になったというものもあるが、半蔵は決して磊落な人ではないという話が出る。初めて一緒に江戸への旅をして横須賀《よこすか》在の公郷村《くごうむら》に遠い先祖の遺族を訪《たず》ねた青年の日から、今はすでに四十二歳の厄年《やくどし》を迎えるまでの半蔵を見て来た寿平次には、すこしもあの人が変わっていないという話も出る。なるほど、水戸《みと》の学問が興ったころから、その運動もまたはなやかであったころから、それと並んで復古の事業にたずさわり、ここまで道を開《あ》けるために百方尽力したは全国四千人にも達する平田|篤胤《あつたね》没後の諸門人であり、その隠れた骨折りは見のがすべきではないけれども、中津川の景蔵、香蔵、馬籠の半蔵なぞの同門の友だち仲間が諸先輩から承《う》け継いだ国学で、どうこの世界の波の押し寄せて来た時代を乗ッ切るかは見ものだという話なぞも出る。
「痛《いた》」
 思わずお民は添い寝をしている子供の鼻をつまんだ。子供が乳房をかんだのだ。お民は半ば身を起こすようにした。彼女はそっと子供のそばを離れ、おばあさんやお里のいる方へ一緒になりに行こうとしたが、そのたびに和助が無心な口唇《くちびる》を動かして、容易に母親から離れようとしなかった。

       五

「まあ、お前のように、そう心配したものでもないよ。」
 こ
前へ 次へ
全210ページ中207ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング