ばらく皆の意見に従うことにした。ともかくも、この葬式は父の長い街道生活を記念する意味のものでありたいと彼は願った。なるべく手厚く父を葬りたい。そのことを彼は伊之助の前でも言い、継母にも話した。やがて納棺の用意もできるころには、東西の隣宿から泊まりがけで弔いに来る親戚《しんせき》旧知の人々もある。寿平次、得右衛門は妻籠《つまご》から。かつて半蔵の内弟子《うちでし》として少年時代を馬籠本陣に送ったことのある勝重《かつしげ》は落合から。奥の間の机の上では日中の蝋燭《ろうそく》が静かにとぼった。木材には事を欠かない木曾山中のことで、棺も厚い白木で造られ、その中には仏葬のならわしによるありふれたものが納められた。おまんらが集まって吉左衛門のために縫った経帷子《きょうかたびら》、珠数《じゅず》、頭陀袋《ずだぶくろ》、編笠《あみがさ》、藁草履《わらぞうり》、それにお粂《くめ》が入れてやりたいと言ってそこへ持って来た吉左衛門常用の杖《つえ》。いずれも、あの世への旅人姿のしるしである。おまんはそのそばへ寄って、吉左衛門の掌《てのひら》を堅く胸の上に組み合わせてやった。その時、半蔵はお粂や宗太を呼び寄せ、一緒によく父を見て置こうとした。長い眉《まゆ》、静かな口、大きな本陣鼻、生前よりも安らかな顔をした父がそこに眠っていた。多勢のものが別れを告げに棺の周囲に集まる混雑の中で、半蔵は自分の子供に注意することを忘れなかった。ようやく物心づく年ごろに達して、部屋《へや》のすみに腕を組みながら、じっと祖父の死を考え込むような顔つきをしているのは宗太だ。お粂は、と見ると、これは祖父にかわいがられた娘だけに、姉らしく目のふちを紅《あか》く泣きはらして、奥の坪庭の見える廊下の方へ行って隠れた。
 寿平次の妻、お里も九歳になる養子の正己《まさみ》(半蔵の次男)を連れて、妻籠からその夕方に着いた。日が暮れてから、半蔵は村の万福寺住持が代理として来た徒弟僧を奥の間に迎え、人々と共に棺の前に集まって、一しきり読経《どきょう》の声をきいた。吉左衛門が生前の思い出話もいろいろ出る中に、半蔵は父が小前《こまえ》のものに優しかったこと、亡《な》くなる前の三日ほどはほとんど食事も取らなかったこと、にわかに気分のよいという朝が来て、なんでも食って見ると言い出し、木苺《きいちご》の実の黄色なのはもう口へははいるまいかなぞと
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