ゃ、十一屋さん、この前にわたしたちが出て来ました時は、まだ横浜開港以前でしたものね。」
「さよう、さよう、」と隠居も思い出したように、「あれから宮川寛斎先生も手前どもへお泊まりくださいましたよ。えゝ、お連れさまは中津川の万屋《よろずや》さんたちで。あれは横浜貿易の始まった年でした。あの時は神奈川《かながわ》の牡丹屋《ぼたんや》へも手前どもから御案内いたしましたっけ。毎度皆さまにはごひいきにしてくださいまして、ありがとうございます。」
 そういう隠居も大分《だいぶ》年をとったが、しかし元気は相変わらずだ。この宿屋には隠居に見比べると親子ほど年の違うかみさんもある。親子かと思えば、どうもそうでもないようだし、夫婦にしては年が違いすぎる。そう半蔵も以前の旅には想《おも》って見たが、今度江戸へ出て来た時は、そのかみさんが隠居の子供を抱いていた。
 見るもの聞くもの半蔵には過ぐる年の旅の記憶をよび起こした。あれは安政三年で、半蔵が平田入門を思い立って来たころだ。彼が江戸に出て、初めて平田|鉄胤《かねたね》を知り、その子息《むすこ》さんの延胤《のぶたね》をも知ったころだ。当時の江戸城にはようやく交
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