もしれないような消息しか伝わって来なかった。生麦償金はすでに払われたというにもかかわらず、宣戦の布告にもひとしいその月十日の攘夷期限が撤回されたわけでも延期されたわけでもない。こういう中で、将軍を京都から救い出すために一大示威運動を起こすらしい攘夷反対の小笠原図書頭のような人がある。漠然《ばくぜん》とした名古屋からの便《たよ》りは半蔵をも、この街道で彼と共に働いている年寄役伊之助をも不安にした。
四
もはや、西の下《しも》の関《せき》の方では、攘夷を意味するアメリカ商船の砲撃が長州藩によって開始されたとのうわさも伝わって[#「伝わって」は底本では「伝わつて」]来るようになった。
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小倉藩《こくらはん》より御届け
口上覚《こうじょうおぼ》え
「当月十日、異国船一|艘《そう》、上筋《かみすじ》より乗り下し、豊前国《ぶぜんのくに》田野浦|部崎《へさき》の方に寄り沖合いへ碇泊《ていはく》いたし候《そうろう》。こなたより船差し出《いだ》し相尋ね候ところアメリカ船にて、江戸表より長崎へ通船のところ天気|悪《あ》しきため、碇泊いたし、明朝出帆のつ
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