特に贈られたという先師篤胤が遺愛の陽石。
この報告が馬籠へ届くたびに、半蔵はそれを親たちにも話し妻にも話し聞かせて、月の二十四日と定まった遷宮式には何をおいても参列したいと願っていた。よい事には魔が多い。その二日ほど前あたりから彼は腹具合を悪くして、わざわざ中津川の景蔵と香蔵とが誘いに寄ってくれた日には、寝床の中にいた。
「半蔵さんは出かけられませんかね。」
「そいつは残念だなあ。この正月あたりから一緒に行くお約束で、わたしたちも楽しみにして待っていましたのに。」
この二人の友人が伊那の山吹村をさして発《た》って行く姿をも、半蔵は寝衣《ねまき》の上に平常着《ふだんぎ》を引き掛けたままで見送った。
ちょうど、その年の三月は諒闇《りょうあん》の春をも迎えた。友人らの発《た》って行った後、半蔵は店座敷に戻《もど》って東南向きの障子をあけて見た。山家も花のさかりではあるが、年が年だけにあたりは寂しい。彼は庭先にふくらんで来ている牡丹《ぼたん》の蕾《つぼみ》に目をやりながら、この街道に穏便《おんびん》のお触れの回ったのは正月十日のことであったが、実は主上の崩御《ほうぎょ》は前の年の十二月二
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